小中高の個別指導と中堅私立中学受験のアシスト

国語の個別指導について

国語とは

性質・背景

はじめに、国語という科目の性質について説明していきます。

国語とは「言葉」を勉強する科目です。専門用語では言語科目といいます。言葉を扱う科目としてはこの国語とあとは英語が挙げられます。
一方、数学、理科は数字や記号、自然現象を扱います。社会は現代の産業、過去の事実を扱ったりしている科目です。いわゆる一般知識の勉強です。

この言葉を扱うということについて、人は何かを考えるとき、必ず言葉によって思考します。また、その際に使用する言葉はその人の育った国の言葉、つまり、母国語を指します。整理しますと、「言葉=思考=母国語」という関係が成り立ちます。

考えるということは言葉を使うということで、それぞれがイコールでつながることから、正しい言葉は正しい思考を導き、乱暴な言葉は乱暴な思考を招く恐れがあります。

だからこそ、国語をきちんと、言うなれば、日本語をきちん学ぶ必要が出てきます。

日本語を学ぶ必要性

そうです。日本人でも日本語を正しく学ぶ必要があるのです。
この表現に対して、疑問を抱いた人がいるかもしれません。日本人が日本語を学ぶとは、どういうことを指すのでしょうか。日本人であれば誰でも「日本語を話すことができる」と思われた人も多いでしょう。
しかし、ここで言うところの「日本語を話すことができる」という表現は、日常生活において困らない程度の「日本語を話すことができる」、この意味での使い方を指します。

日常生活で日本語を話すということにおいて、よほどの理由がないかぎり、困っているという人は少ないと思います。困っていれば、そもそもこの文章が読めないでしょう。あるいは街のあちらこちらの文字を理解することができないかもしれません。日常生活での日本語に困っていないからといって、正しい日本語の習得を日常生活レベルでとどめてはいけません。算数を例にしてみます。

例えば、算数において、日常生活レベルのものを考えた場合、何が思い浮かぶでしょうか。四則計算、時計や長さの読み取り、体積・容積、などが考えられるかと思いますが、果たしてこれらの知識だけで入試問題までを網羅することは可能でしょうか。

国語においても同じで、自然に身についた日本語力や、日常生活レベルでの国語では当然ながら無理が生じます。つまり、国語も他の科目同様に、意図的に学習し、正しい考え方を学び、ひとつの単元が終わると全員が統一した理解に着地している必要があるのです。

科目としての「国語」

国語は感覚で解いている生徒さんが多いです。

そして、塾でも学校でも点数の上げ方をわかっている先生すら少ないのが実体です。

国語という教科は性質上、言葉を扱うため、感覚的に陥りやすいという初期設定が存在します。
数字(例えば数学)や事実(例えば歴史)は誰が見ても、性別や年代、文脈などに原則として左右されません。話す人や話す場所によって、2+3が6になっては困ります。江戸幕府を作った人物が足利尊氏でも困ります。

ところが、国語は個人の思考を言語化した科目のため、地域や年代によって緑のことを青と言ったり、時代ごとに新しい言葉が生まれたりします。

このように、国語は、ただですら感覚的な要素があり、その国語を指導する側の人間は、必ずしもではないにしても、得意であるがゆえに、気づかぬうちに感覚的指導になってしまう場合があります。前提として、国語の授業には曖昧で不安定な要素が発生しやすいのです。

また、授業時間にも当然ながら制限があり、ある単元を何時間も解説・指導できるわけではありません。そのため、国語の授業は本来であれば、言葉の使い方や答えの導き方、言い換えるならば、正しい日本語の使い方や問いと答えの論理的な結びつけ方といった意図的な学習に時間をかけることが望ましいのですが、学校の授業でも時間の制約上、考えが熟す前に一方的な授業展開にもなりやすいところがあります。

国語授業での道徳的背景

さらには、国語の授業で、生徒に意見を発表してもらうとき、道徳的な背景もあって、「その答えはだめだ」と否定はしにくいものです。それをすると自信のない子はますます自信をなくしてしまいます。しかし、ここもこの教科のおかしなところです。

算数において、例えば7÷3の答えで、どんなものが考えられますか?と質問を投げかけ、生徒がまだ割り算という論理的思考をきちんと理解しきれていないレベルの場合、「答えには4が考えられる」「5が考えられる」と発言して、それぞれを「それもいいのだけれども」とぼやかして返答してしまうと、どうでしょうか。生徒たちは何を目印に学習をすればいいのかわからず、授業全体がぼやけてしまいます。

何も、完全否定を推奨するわけではありませんが、何を正しいと教え、何を獲得してもらいたいのかによって、明確な判断基準は示してあげる、そのことが大切になってきます。

言葉はどこから来たのか

もう少し国語の本質に迫ります。国語とは言語科目ですが、そこで扱っている言葉の出発点はどこにあるのでしょうか。それは感情からになります。

言葉とは感情や思い描いたことが出発点となります。この曖昧なものに形を与えた結果が言葉となっています。

そのため、国語の解答では、少し曖昧なものでも、明らかに間違いでなければ正解になる設問もあります。テキストの解答・解説に書いてある考え方で腑に落ちないものが出てくるのも、そのためです。曖昧な解答ゆえに曖昧な解説となってしまうのです。

言葉と常識の関係・確からしさ

そして、その言葉を用いて生み出されるもののなかに、常識という考えがあります。
これには多数決の原理が伴い、誰もがそうだと思いこんだものが、一般論となり、正しいと認識されてしまうことがあります。それがそのまま国語の解答の背景に潜みます。このように、国語という科目の性質には、どこまでいっても曖昧さがつきまとい、「確からしさ」のもとで構成されていきます。

ほんの数名がそうだと思いこむ確からしさでは科目としては成立しませんが、そこに多くの人の意見が重なり合ったとき、確からしさが増し、それが意見や考えとして成熟していきます。これが国語の論理になるのです。

国語とは言葉というツールを使ったコミュニケーションの中で、正確に相手の主張や感情を読み取れるかどうかを問う科目です。曖昧さと隣合わせであるからこそ、国語のルールに基づいて、相手の思考回路を正しく読み取る科目です。
他者の認識や思考、感情を共感していくという論理が国語の正体そのものになるのです。

国語の三要素

さらに、国語を複雑化させる要素が存在します。それは文章には「価値観」「時間」「構造」があるということです。

価値観とは筆者、作者の価値観そのものです。考えや主張したいこと、物事の捉え方などのことを指します。
時間とは、ある考えや主張を述べたとき、昭和であれば肯定的だったものが、平成、令和となるにつれて否定的に変化していくというような、時間軸のことです。時代背景が価値観と混ざり合うことで、その文章の印象は様々に変化していきます。

構造とは、文章表現の方法のことで、因果関係で表現したり、対比関係で表現したりすることを指します。考えや主張をどのように整理すれば、的確に相手へと届けられるかを考え、文章の骨格を仕上げていきます。

誰かが何かを書き表すとき、当然のことながら、伝えたいことを伝わるようにと思って書き記します。書き手の価値観で考え、そこに時間軸が入り込み、どう表現することが共感につながるのか。これら三つの要素が複雑に絡み合い、文章とは生み出され、個性を備えていきます

文章とは論理的なコミュニケーションである

しかし、わざと難解に文章を作成することはありません。必ず、他人に共感してもらうために、文章でコミュニケーションをとっていきます。作成した文章を誰が読むかわからないため、話の内容がつながるよう論理的に文章を仕上げていきます。

つまり、国語での読解とは、この相手からの論理的に並べられたコミュニケーションの道筋を正しく読み取るということです。無秩序に並べられることはありません。また、そのような文章が題材になることも考えにくいでしょう。
他者からのメッセージを正しく認識できているかどうかを問うのが、国語の読解問題なのです。

国語学習の必要性

ここまでくれば、いかに日常生活レベルの日本語力では心もとないかが想像できると思います。他の科目同様に意図的な学習が必要で、言葉は思考を司り、その思考から他の科目やそれ以外の身近なものまで言葉によって考えていきます。その意味では本来、国語を柱として、すべての思考の土台を構築していかないといけないのです。

教科としての国語を学ぶ注意点

国語とは正しい母国語での思考を学ぶ科目です。しかし、母国語とは無意識で使用できるから母国語です。学習によって獲得できる内容を意識して学ぼうとしないかぎり、その目標は、国語が無意識を扱う科目ゆえ、気づけば消えてなくなってしまいます。

問題を読み、どう考えたらその答えにたどりつくのか、筆者や作者はどんな思考回路でメッセージを届けたかったのか、これらに焦点をあてて、問題文を読み進めていく必要があるのです。

説明文(論説文)の読解方法

ここからは実践的なものを示していきます

本文の読み方

説明文や論説文において、何を学び、何を軸に筆者の考えを受け止めていかないといけないのかを考えていきます。

1. 主文をおさえる

意見展開していく際に、この主文や筆者からのメッセージには本文中での指定席があります。これは何も国語の公式などということではなく、日本語で何かを伝えようとすれば、否が応でもその主張したいことは、ある一定のパターンになります。
それは冒頭か末尾です。
国語の入試問題でも、小学生が口頭で何かをおねだりをするときでも、主文はこれらの位置にやってきます。「〇〇を買ってほしい。だって〇〇ちゃんも同じものを持っていたよ」、あるいは「今年はいい子にしていたから、サンタさんには〇〇をおねだりするんだ。」といった文章でも、前か後に主文がやってきます。
文章全体でも段落内でも同じです。主文を見つけてあげ、主張から振り落とされないようにします。

2. 段落の要点をまとめる力をつける

問いに対しての答えを探す際、段落の要点がつかめれば不要な段落は読み飛ばすことができます。制限時間のあるなかで、スピーディーかつ正確に答えを導き出すためには、余計なものまで読まないという取捨選択が必要になってきます。

3. 接続語で読む

説明文・論説文では特に各段落で言いたいことをまとめていきます。そして、その段落を接続していきますが、前の段落と別の話題に変えたいときは「さて」、予想外の展開としてつなげたいときは「ところが」。このように、文頭にある接続語を見ていくだけで、およその文章展開は読み取ることができます。

4. イコールの関係と対比の関係

意見展開には大きく分けて、この2つが考えられます。自分の主張を繰り返したり、具体例を示したり、同じ考えの人の意見を引用したりするのが、イコールの関係で文章を展開していくパターンです。
一方で、あえて異なる意見を持ってきて、2つを比べることで自分の主張の正当性を訴えていくのが、対比の関係です。誰かを説得する際は、ほとんどがこれらのパターンで展開されていきます。

5. 抽象と具体

言葉も文も文章も、このどちらかを行き来します。まとめて(抽象)、くわしくして(具体)、を繰り返します。抽象と具体の性質を整理すると次のようなものになります。

抽象 … まとめ・短文・主語述語・結論・主張・話題
具体 … 詳細・ケーススタディ・長文・修飾語・理由・引用

6.サンドイッチ構造

意見の展開には抽象→具体→抽象→具体→…と交互に示すことで説得力が生まれます。論理的な文章とはこの仕組みになっていることがほとんどです。

段落内の文章構成も、段落ごとの関係も、抽象と具体を繰り返していきます。設問の内容が理由を答えなさいとなっていれば、具体の段落や文脈から見つけ出していきます。こうすることで余計なものを目にする機会を減らします。

これら6つの考え方で、説明文や論説文がどのような構造になっているのかを見抜いていきます。

物語文の読解方法

物語文においても、どう捉えて本文と向き合うのかを示していきます。

物語文では登場人物の心情描写に目を向けて読解していきます。この心情描写は細かく
捉えると、かえってミスを誘発する恐れがありますので、ここでは大きく分けてプラスの心情かマイナスの心情かを捉えていきます。
また、それぞれの段落の心情描写を捉えたら、同時に段落ごとの繋がりをおさえ、心情の変化にも目を向けて読解していかなければなりません。
さらに、物語文では特に言葉と気持ちをずらして表現される場合があります。素直になれない気持ちを表現するためです。そのため、書かれてあることをそのまま捉えるのではなく、この場合は内心をキャッチする必要があります。ただし、これらは自分の感覚ではなく、客観的根拠をもとに判断していかなければなりません。

本文の読み方

そこで、心情描写がどのように文中に出てくるかを整理していきます。

1. 誰が読んでもわかるシンプルな心情表現

例…「うれしい」「かなしい」

これは、シンプルなため、文章が難しくなるほど文中に出てきにくいものです。多用してしまうと幼い印象の文になってしまうからです。ただ、あえて短く文中にもってくることでインパクトのある素直な気持ちを表現することもできるため、作者はこのあたりを匠に使い、表現してきます。

2.セリフの中の心情表現

例…「本当にわたしにできるかな」→不安 「俺様にまかせておけ」→自信

前後関係から判断しながら、心情表現を読み取っていきます。

3.行動の中の心情表現

例…「大きく首を縦に振った」→納得 「手が震えてきた」→緊張

作者はストーリーをつなげたくて行動を描写しているだけではありません。シンプルな心情表現だけで構成するとおもしろみの少ない文章になってしまうため、あらゆるところに気持ちにつながるヒントを隠し味のようにして散りばめていきます。

4.風景からの心情表現(情景)

例…「あたりが急に暗くなってきた」→急激な恐怖

「雲の隙間から太陽が顔を出しはじめた」→徐々に安心してきている

これこそまさしく作者の腕の見せどころかもしれません。動画ではその飛び込んでくる映像を受け身で見ていても、無意識のうちにどんな心情か、セリフがなくてもキャッチすることができます。

これが文字となるとそうはいきません。自ら読み取りにいかないと、その心情表現は見落としてしまいます。風景は大切な心情の表現方法なのです。

これら4つの心情表現の捉え方でもって、物語文がどのような構造になっているのかを読み解いていきます。

設問の読解方法

本文の文章構造が理解できたら、一番重要なのが設問(問一や問二となっているところ)の構造を読解することです。

たいていの場合、ここをおろそかにすることで、ミスが生まれます。当たり前ですが、何を問われているのかをきちんと捉え、あとはそれが本文のどこに書いてあるのかを探しにいく。国語の問題とはたったこれだけのことなのです。

設問の読み方

設問の読解の仕方について示していきます。設問に対しては4つに区分します

論点

設問で聞かれていることは何なのかを簡単な言葉に置き換えて、焦点化していきます。

本文という大きな森の中にある答えを見つけ出していくのが国語の問題ですが、この探検の途中で、何を探してこなければならなかったのかが、忘れ去られてしまうため、その際はすぐに設問に引き返します。そして、再び、読解の森へと探検に向かいます。

この繰り返しで答えを絞り込んでいきます。

予想

これはまず、設問内における答えを導くためのヒントになるものはないかと予想することです。

あっさりした設問であれば、特になんのひねりもありませんが、「〇〇を二つ見つけ出し」となっていれば、当然ですが、本文から二つ見つけ出さないといけないですし、裏を返せば、本文は二段構成で何かメッセージを届けようとしているという予想が立ちます。

次に、本文中のどの段落に答えがありそうなのかを、説明文や物語文の文章構成に従い、検索していきます。ここでもある程度、予想しながら絞り込んでいきます。主張を聞かれている問題であれば、その指定席から、心情を聞かれている問題であれば、その人物の行動や取り巻く風景が書いてある文脈から、答えになりそうな部分を予想し、絞り込んでいきます。

条件

問題の答え方のことです。記号で答えるのか、書き抜きなのか、文章中の言葉を使ってまとめるのかということです。

論点をおさえ、予想を立てた解答部分をあとは、それぞれの答え方にカスタマイズしていきます。記号問題ならば、予想を立てた答えに一番近いものを選択し、書き抜きであれば予想部分から必要な部分を抜粋してきます。本文という森の中から目的の木が見つかっているので、あとはどこを抜き出せばいいかという発想です。

そして、記述式が一番エネルギーを必要とする問題ですが、論点から答えになりそうな部分を予想できれば、残りの作業としてはその該当箇所を解答として調整していくだけです。

基本的には国語は文章を見て、この人の言いたいことは何かを問う科目ですので、自分の意見で答えをまとめる必要はありません。本文に書いてあることをまとめるだけです。

比較

答えを導くことができた場合、制限時間に余裕があるのであれば、一度確認をしてみる必要があります。

一生懸命に考えて見つけた答えというものには、自ずと満足度が高くなります。それゆえ、答えがあっているであろうという期待が生まれます。ここで今一度、論点と自分の見つけてきた解答の整合性があるかどうか確かめ、最終的に聞かれていることを答えられていれば、これでようやく答えとして送り出してあげます

まとめ

国語という科目の性質を理解し、そのうえで必要な知識を身につけ、あとはひたすら実践していくなかで、言葉による思考が安定していくよう、繰り返しチャレンジをしていく。

他の科目のように公式化できない複雑性があり、そうかと思えば、日常的に使用するものを使って戦っていくため、どうしても感覚的な学習になりやすいのが国語という科目です。

アシストの国語の個別指導について

原則としては、学校の内容と非準拠に、受験や実力テストで点数をとることを目的とした授業を行います。

ただし、公立中学生の定期テスト前などは一部、学校の内容をすることもあります。

国語は継続の科目である

例えば理科や社会などは中学3年生の夏休みに一生懸命勉強すれば、偏差値が10以上のびることも十分あります。

しかし、国語はそういう上がり方はしません。

国語が得意な生徒は小学校から大学受験までずっと得意で、苦手な生徒はずっと苦手です。

ですから、学習の基礎となる中学卒業程度まで継続しての学習をおすすめしています。

国語の点数をあげたい保護者様はぜひご相談ください。

>個別指導学院アシスト

個別指導学院アシスト

生徒自身が考えるプロセスや、自分で自分のことを考える力を身につける力を大切にし、『自分でできる勉強の仕方』を伝えます。私達は正しい意思決定ができるよう受験情報を保護者並びに生徒の皆様にお届けします。 人生の主人公は生徒自身です。私達は勉強を通じて、自立できる力を身につけられるようアシストします。

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